「何もしない」ことが最も高くつく意思決定 — 日本の購買心理を理解する
「現状維持」に潜むコスト
欧米の営業現場では、「行動しないことにもコストがある」という概念が浸透しています。
それがいわゆる “機会損失(Opportunity Cost)” です。
競合は常に新しい優位性を探り、市場は為替、資源価格、サプライチェーンなどの変動で絶えず動いています。
このような不安定な環境下で、企業が立ち止まることは実質的な後退を意味します。
イノベーションと柔軟性は、もはや「選択肢」ではなく「生存条件」です。
だからこそ欧米では、営業担当者が「何もしないことのリスク」を数値化し、行動を促すアプローチを取ります。
購買部門が生み出す“価格マトリックスの罠”
営業担当者が最も恐れるのが、いわゆる「地獄のマトリックス」。
購買部門が作成する価格比較表のことです。
横軸にサプライヤー名、縦軸に製品やサービス項目が並び、最も安い業者が選ばれる——。
この表に載った瞬間、差別化は消えます。
だからこそ、価格以外の価値を明確に提示する ことが不可欠です。
専門性、サービス品質、戦略的インパクトなど、数値化しにくい価値を打ち出し、
単純比較できない「リンゴとミカンの関係」を作ることが理想です。
VUCA時代の現実 — 誰もが変化を迫られている
現代は VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性) の時代。
現状維持は後退と同義です。
欧米の営業は、顧客に変化を促す「変革の触媒」としての役割を担っています。
しかし、この論理を日本市場にそのまま持ち込むと、思わぬ壁にぶつかります。
なぜ日本のバイヤーは“変化しない”ことを選ぶのか
日本では、「変化の必要性」は理解されていても、「変化への心理的抵抗」が根強く存在します。
グローバルでは“Agility(俊敏性)”が称賛されますが、日本企業では 「リスク回避」と「調和」 が重視されます。
その背景には文化的な仕組みがあります:
リスク分散文化: 責任を共有し、誰も個人として責められない仕組み。
稟議制度(Ringi Seido): 判子を集めて合意を形成し、責任を拡散。
集団報酬文化: 営業も個人歩合よりボーナス重視で、チーム全体での安全を優先。
日本の購買担当者にとって、「現状維持」は安全で、「変化」は危険です。
現状のベンダーを変えなければ、誰も責められない。
しかし、新しい試みに失敗すれば、責任を問われる可能性があります。
営業が直面する本当の課題
欧米で有効な「今動かないと損をする」という緊急性訴求は、日本では響きにくい。
日本のバイヤーは「機会損失」よりも「失敗の恐れ」を優先します。
この心理構造は、以下のような市場特性にも表れています:
ベンチャー投資の規模が小さい
ユニコーン企業の数が少ない
成長も撤退もしない“ゾンビ企業”が多い
つまり、日本では「何もしない」ことが最も安全な意思決定として機能しているのです。
営業戦略をどう適応させるべきか
日本市場で成果を上げるには、「変化の必要性」ではなく「変化の安心感」を売る必要があります。
実践的なポイントは以下の通りです:
同業他社の成功事例 を提示し、社会的証明で安心感を与える。
継続性と安定性 を強調し、革新を「進化」として位置づける。
複数の関係者を巻き込み、合意形成を支援する。
リスク最小化のフレーミング(例:「変えること」より「守るための改善」)。
これらはすべて、日本企業の価値観「安全・調和・漸進性」に沿ったアプローチです。
要点
欧米では「行動しない=損失」、日本では「行動しない=安全」。
稟議制度や集団責任文化を理解したうえで営業戦略を組み立てる。
価格比較を避け、独自の価値提案で差別化する。
変化を「リスク」ではなく「安定を守る手段」として伝える。
デール・カーネギー・トレーニングについて
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